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 別の仕事が入り、どうしても遠足に同行できませんでしたので、2台のバスでみんなが帰ってくるのをお迎えしました。年少のちゅうりっぷ組さんは初めてバスに乗って、年長のゆり組さんや年中のさくら組さんと出かけました。先生やお手伝いのお母さんたちも一緒です。1台目のバスが無事到着しました。中からちゅうりっぷ組の女の子Aちゃんが降りてきました。待ち構えていたお母さんのふところに飛び込んできます。しばらく離れません。生まれて初めて親元を離れての旅立ち⁉だったのです。もう何年も会ってなかったかのように、しっかりと抱きついています。笑顔の中に涙が光っているのを見つけました。感動の再会です。私もそんな二人を見ていて、感激してしまいました。Aちゃんはお母さんが大好きなのです。

 オーストリア出身でアメリカで名をはせたエリク・エリクソンという精神医学者がいます。彼は人間が幸せで確かな人生を歩むためには「基本的信頼」“Basic Trust”が極めて大切だと言いました。そして、その基本的信頼は、幼い時に自分の周りにいた人が本当に自分を愛して守ってくれる人であったという経験によって培われるというのです。その一番の人は、当然「お母さん」でしょう。お母さんこそが子どもに基本的信頼を植え付けることができる第一番の人なのです。人が幸せな人生を全うできるかどうかは、まずお母さんにかかっています。同じように、ドイツの哲学者オットー・ボルノウも人間にとって“Geborgenheit”ということがとても重要だと言いました。これは「庇護性」と訳される言葉ですが、「自分は守られているという安心感」のことです。これがその人の人生を安定した確かなものにしてくれる土台だと言うのです。そして、これを最初に与えてくれるのも、やはり「親」、とくに母親でしょう。

 子どもたちは「ベイシック・トラスト」とか「ゲボルゲンハイト」といった難しい言葉は知りませんし、覚える必要もありません。でも、幼稚園で、お父さんやお母さんから離れて過ごす中で、そうした信頼感や守られ感を、ここでこそ感じているだろうなあと思うのが、「お弁当」の時間です。私は、園長として週三回、それぞれ、ゆり組さん、さくら組さん、ちゅうりっぷ組さんと、お弁当を食べる特権をいただいております。みんなと楽しく話しながら、食欲も満たされる、心和む時間です。テーブルを囲んで美味しくお弁当を食べている子どもたちの様子をお父さんやお母さんに見せてあげたいと、心底思います。

 子どもたちはお母さんが作ってくれたお弁当を本当に満足げに食べています。どうしてきょうはこの「おかず」なのか、聞いてもいないのに、ちゃんと説明してくれます。そして、おいしそうにほおばります。今日のデザート、キウイなんだ、私の大好物なの、といった調子です。先生のはお母さんが作ってくれたの?と私の弁当をのぞき込みます。そうだよ、奥さんっていうお母さんだよ、へえ~そうなの!--訳のわからない、楽しい会話です。私のお弁当がいわゆる「愛妻弁当」なら、子どもたちのはさしずめ「アイオヤ(愛親)弁当」です。

 いつもその子と一緒にお弁当を食べると、こちらが思わずのぞき込んでしまうお弁当のA君がいました。見た目は決して派手なお弁当ではないのですが、とにかく中身が充実しているのです。そして、A君はいつも美味しそうにそのお弁当を平らげます。お弁当の時間はA君にとって至福!の時間なのです。あとで教えていただいた話ですが、お母さんはかつてイタリアン・レストランでお仕事をしていた方でした。そのお母さんが、わが子に食べる喜びをと、気持ちを込めて作るお弁当ですから、美味しくないはずはありません。

 私が強調したいのはこの「愛親弁当」の本当の中味、親が手作り弁当に込めた「愛」です。子どもはこうしたお弁当を通じて、親への基本的信頼感、親から守られているという安心感を、無意識のうちに培っていきます。そして、それを土台に、幸せで確実な人生を自ら作り上げ、その幸せを周りの人たちにもお裾分けしていくのです。

 園長として、お母さん、お父さんに申し上げたいことは、この3歳から5歳のお子さんに精一杯手をかけてください、親としてたくさんの愛情を注いでください、ということです。それが、人生に不可欠な「基本的信頼感」を養い、「守られている安心感」を培います。そして、それがあれば、今度は彼や彼女がたのもしい人間として育っていきます。

 この時期が決定的に大切です。愛情を注ぐのは、ちょっと古くなりましたが、「今でしょ!」ということです。今、ちょっと仕事で忙しいから、あとで倍にして愛情を注ぐつもりです―これはとんだ心得違いです!彼や彼女にとって幼稚園に通う3年間は取り返しのつかない大切な時期なのです。この3年間に必要不可欠な、充実した3愛を注いでください。-3愛+6愛=3愛で帳尻は合うはずだなどと、単純な計算をして、自己欺瞞に陥らないでください。

 お母さん、お父さんへ お子さんのこの3年間は、彼や彼女の大切な「人生の土台作り」の時期です。その間は何をおいても、まずは、お子さんのために手をかけていただきたいと願っています。そうしてあげるのに、大いに価値のある、かけがえのない、しかし短い時代なのです。